安曇野の巻

Oct.24,2003〜Oct.25,2003

ロダンヘの想いは安曇野から


 深夜の国道21号、156号をつなぎ、朝方着いたのは、ここ高山。朝市で新鮮な野菜や果物を手に入れようと、今回の旅の中継ポイントにしたのです。この中橋は、飛騨高山のシンボル的存在。宮川にかかっています。
 右は中橋を渡ってすぐにある広場。無料の休憩所みたいになっています。ここに単車を止め、高山散策を楽しむライダーが多いです。むかし、ワタクシも単車で高山にきたとき、ここに止めさせていただきました。高山には、通算4度はいったでしょうか。愛すべき土地です。


 上の写真のスペースを、別角度から写した一枚です。高山を出た11時頃には、このスペースは単車だらけになっていました。車の奥にみえるのが陣屋です。朝市会場のひとつになっています。
 毎日通っていそうなおばあちゃんですね。では、朝市での様子をお伝えしましょう。


 いいですねぇ〜、うまそうに林檎がならんでいます。結構種類がありますよ。パイにする林檎と、そのまま食す林檎と多数買ってきました。少し傷が入った林檎は、袋詰めにされて安価で提供されています。全国発送も受け付けているようです。
  ポリポリ食べては品定め、漬け物です。ここでしか販売していない漬け物があります。かぶらの赤い漬け物がおいしかった〜。これを2パック買って帰りました。販売のおばさんとのやりとりが楽しい早朝です。


 美人発見!お歳を召された方が多い中、若くてキレイな販売員さんでした。だいぶんオヤジがはいった解説ですんません。葱が安いんですよ。200円で束になったのを売っています。その味がまた違う。葱特有の苦味が残っているのです。大阪近辺のスーパーで手に入るものとは段違い。味噌汁にいれてもシャキッと引き立つ味をもたらします。
 こちらは宮川沿いの朝市です。陣屋からそんなに離れていません。500mくらいは出店しているでしょうか。道の両端に所狭しと並んでいます。食料品めあてで買い物しているだけに、「さるぼぼ」は購入せずです。しかし、飛騨牛の串焼きを立ち食いしちゃいました。これがうまい!ひとくちカットの肉が3つ刺されているだけなんで、300円は高いけど、焼いてる匂いに負けました。いっしょに食べてた年配の女性軍団に、「これでビールが飲めたらね〜」としばし歓談。食は和をもたらします。


 宮川の風景です。朝市をあとにして、高山の昔ながらの街並と、それを活用して営業されている店々をめぐります。
 右の写真がその通りです。目抜き通りは2本あります。うまい物を食わせてくれるお店から、味噌店、工芸店、切り絵店など多彩に揃っています。あの、ちょんまげ結った人はいなかったけど、人力車もこのあたりをめぐっています。高山をあとにして、一路松本へ。安曇野の空気が近い156号を飛ばします。


 高速道路を利用せず、国道156号線を活用すれば、こうした穂高に連なる峰々を楽しめます。紅葉美しい信州の早朝。10月下旬というのに、肌寒くありませんでした。
  ときおり車を止めて、秋の到来を写真に記憶させます。大阪ではうかがえない、素晴らしい木立のトンネル。車はこの林の中をくぐるように駆け抜けます。かろやかに舞う落葉、静かな七曲り。是非、単車できたかった。今回は、残念ながら、車での旅行です。しかし、結局、次の日雨が激しく降ったので、車できて正解でした。


 今回お世話になったのは、こちらのユース、安曇野パストラルさんです。きれいな外観とともに、内部もいうことなし。当日は20人ばかり宿泊でした。
ユースの看板です。


 こちらが本日のお部屋。深夜出発の疲れがドッとでて、転寝してしまいました。2断ベッドが2つ、計4名が就寝できるようになっています。室内はご覧のようにキレイで、テレビも装備。ただアルコールの持ち込みは禁止みたいです。なぜなら、下の写真の通り。
  思わず「ワァ〜」といってしまうホームバー、ビール好きのペアレントさんが用意された一室です。木のぬくもりが伝わってくる、信州ならではのあり方。冬もいいでしょうねぇ。


 こちらの棚には各種銘柄のビールが展示されています。これまた壮観。ここでは、外国産ビールを仕入れ価格で提供してくださいます。呑み助のワタクシも、頼まずにおれようか、早速注文、いただきます。ビールについてはこちらのサイトもご参照ください。
  これが今回いただいた、ノルウェーのビール。ラベルをアップしてみましょう。


 アダムとイヴですね。おそらく。林檎でなくてビールを手渡すラベル。一杯呑んで、部屋に戻るとすぐに睡魔が襲ってきました。うとうと、そのまま朝を迎えました。
  朝のうちに今回の目玉、碌山美術館へ直行です。荻原守衛(おぎわらもりえ:1879〜1910)は夭折した天才芸術家、その彫刻を愛する人は数知れず。碌山(ろくざん)は、彼の号です。昭和33(1958)に設立されたこの美術館の本館のほか、2つの展示会場と受け付けの建物およびグズベリーハウスをもっています。枯葉舞い散る霧雨の中、ロダンに傾倒した彼の作品を鑑賞することにいたしました。残念ながら、中は撮影禁止ですので、実物を是非ご覧になってください。おだやかな信州路をたずねてくださいね。


 代表作にして絶作の「女」をプリントした案内パンフレットと、入場券です。料金は大人一人700円です。場所は、南安曇野郡穂高町大字穂高5095‐1で、駐車場ありました。パンフレットから引用を少し…「日本近代彫刻の先覚者となった荻原守衛は、パリで絵画の勉強にとりくんでいたとき、古典作品の模倣のような彫刻界にあって、常に新たなこころみを続けていたロダンの彫刻、『考える人』に出合い(まま)その芸術性の高さに衝撃を受け彫刻家になることを決意しました。守衛は幾度かアトリエを訪ね教えをうけながら、美術学校アカデミー・ジュリアンで彫刻の勉強に専念しました」。
本館である碌山館を描いた入場券です。下の写真が建物そのものです。


 こちらが第一展示場です。キリスト者でもあった碌山ですから、こうした教会風建造展示場に作品を飾られて、地下の彼もよろこんでいることでしょう。
 またちょいと、パンフレットから引用しましょう。1907年、パリから「帰国した守衛は、姿形の細部にとらわれない生命感あふれる作品を制作(まま)しますが、旧い日本の美術界からは当初受け入れられませんでした。しかし帰国後わずか二年余りで、日本の近代彫刻の最高傑作である絶作『女』(重要文化財)をはじめ、十五点の珠玉の彫刻を残し30歳5ヶ月で急逝してしまいます」。ここに絶作「女」が設置されています。
写真では読みにくいので…「開館当初の頃の碌山館(本館)
(碌山忌は4月22日)
昭和33年4月22日に開館した碌山美術館の本館は、早稲田大学建築科教授今井兼次によって設計されたものです。
荻原守衛(碌山)の精神にふさわしいチャーチスタイルで、明治時代の雰囲気の中に作品を呼吸させようとレンガの外装と、安曇野の厳しい気象に耐えるため北欧風に建築されました」。


LOVE IS ART, 
STRUGGLE IS BEAUTY.


「愛は芸術なり、相克は美なり」
碌山館の裏手におかれている十字架をイメージしたテーブル。ベンチに座ってタバコを一服。


第2展示室には、碌山の友人、戸張孤雁(とばりこがん)の言葉が彫られています。「自然は其の美を各人の掴み取りに任してゐる。手の大なる人は多く取り、小なる人は少なく取る」です。ワタクシの手はどうなんだろうかと考えさせられてしまいました。「自然」と「美」のところにそれぞれ「食事」と「量」をいれて読めば、いうまでもなく「大なる人」なんですが。
林檎畑が確かに多い。「馬籠の巻」でも紹介した藤村の詩は、こうした畑なんでしょうか。近づいていって、触れてみました。林檎が生っているのをナマでみるのは初めてかもしれません。かわいらしいもんです。


 もう一枚。これは次の目的地である中山道の宿場町へいくまでに撮りました。今回は、奈良井の旧い街並みを訪ねました。単車乗りの立場からいえば、国道19号は淡々とした面白くもなんともない道ですが、宿場町が続いているところに魅力があります。
雨です。しかも停電。この日、19号を松本から奈良井まで下ってきたのですが、信号まで真っ黒けなのです。停電で信号が機能しなかったのです。2時間くらいはそのままだったでしょうか。ある工芸販売店の店主に懐中電灯で商品を照らしてもらい、ショッピングするという、なかなかオツなことになりました。電灯で照らされた茶道具がキレイだったこと!

蛙さん。
バッタさん。
 上の写真の背景に写っているお店で、左の写真の飯碗を買いました。これで、なんとか一式揃ったかな。あとは、いいお箸を手に入れ、漬け物皿を用意すればいうことありません。
 ちなみに、今回、奈良井の宿場で購入した黒の飯椀は、4000円くらいかな。なかなか軽くて使いやすい。右の汁椀は輪島の塗りでこれは高かった。10000円。中央の湯呑みは桑の木製で、5000円程度。これは馬篭で買いました。食卓が楽しくなるので、どこかにいってはいい食器を求めています。食卓で旅情が甦ります。
バッタに見送られ、今回の旅も終了です。小牧から名神高速に乗って大阪へ。中部方面なら、次は春先に、いまはなき岩村町へもう一度いきたいな。岐阜の旧い街並みです。ここの女城主、よく葉書がくるんですよ。

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