長浜の巻
Jan.4,2003〜Jan.5,2003

黒壁のまち

 開知学校の概観です。
 いい感じの表札です。
 ここには、長浜駅から徒歩5分くらいで到着します。ちょっと中をのぞいてみるといいですよ。
昔懐かしい教具が陳列してありました。いまはもう横の写真のような木製の三角定規など、廃れてないのではないでしょうか。
 螺旋階段が楽しそう。
  この開智学校(智ヲ開ク学校)をあとにして、長浜の目抜き通り、北国街道を散策しました。町の南北を通っています。
 左の写真が、安藤家屋敷。中には入りませんでした。こういう文化施設は、どこでも小金をとるけれど、なんとかならないものかな。維持費の必要は理解できるけど、地方税で負担していただけるとありがたい。いやー、セコイ話でスイマセン。でもね、こうした施設を3つも、4つもめぐると、結構な料金になるんですね。
 上の写真の石碑をアップしてお届けします。「長浜十人衆」とは、太閤秀吉が長浜の町の切り盛りを任せた町人代表のことです。そのうちのひとりが安藤さんということですね。名だたる近江商人のひとりです。
 風の子ですね、子どもたちは。いやはや、楽しそうに路地をかけめぐっていました。風がびゅーびゅー吹きすさぶ、とても寒い長浜の一日です。長浜は琵琶湖からの風が直接流れ込むのですね。湖上は障害物がないですから。
 散策すればハラがへる。ということで、お昼。正月くらいですね、昼からビールを飲めるのは。ここ長浜で有名な「のっペいうどん」を食すべく、「茂美志゛や」(もみじや)さんに並びます。ここはいつもいっぱいです。民芸調の店内は暖かな雰囲気を醸し出しています。(実は、写真を撮ったのはお隣の店舗です)
 ビールラベルのアップ写真です。よく見ると福岡で生産されているんです。それで地ビールとはどういうことなんでしょうか。生産委託なんでしょうかね。よくわかりませんが、おいしいのでこれ以上詮索しないでおきましょう。ピルスナーと、ヴァイツェン、セルノビボ(黒・苦味が美味い)の3種類があります。
 小瓶で600円位でした。
 長浜大手門通り。東西を結ぶ散策の中心ラインです。この通りに面して、「琵琶湖オルゴール館」、「長浜曳山博物館」などがあります。 

 「長浜観光情報」をリンクしておきますね。
 長浜は、精力的に町作り、町おこしをすすめています。全国的に「小京都」化がすすむ観光地ですが、ここ長浜は、一風変わった町の色合いを出そうと懸命です。
 黒壁スクエアとは、長浜のお店31軒からなる総称です。黒壁スクエアの中心、北国街道と大手門通りの交わるところに、「黒壁ガラス館」が位置します。明治時代に建てられた銀行を改装し、世界中のガラス作品を展示販売しています。店内レジの辺りが銀行のカウンター窓口だったのかもしれません。
 入場すると、ひとがいっぱい、いつでも賑わっているガラス細工のお店です。ほかにも同様のお店はありますが、やはり代表はこのガラス館でしょう。この建物の裏にある「スタジオクロカベ」で、ガラス細工を作っているところを見学もできます。体験教室も開かれています。
 
 ん万円の立派なグラスから、かわいらしい動物をかたちどった細工・300円程度のものまで、品揃え豊富です。今回は、蜻蛉玉を買ったので、グラスにお金を回せなかったのですが、一口ビールグラスがほしい!
 黒壁スクエアを堪能したあと、ちょっと遠くに足をのばします。といっても駅からは10分もかかりません。ご覧のような洒脱な駅舎に辿りつきます。北陸本線の起点であった旧長浜駅。むかしの姿そのままが残されています。
 今回、ワタクシは電車でまいりました。車窓の旅もたまにはいいものです。
「日本で一番古い駅舎 旧長浜駅」

「この建物は、明治15年3月に北陸線の始発駅として建てられた最初の長浜駅です。今では日本に残る一番古い駅舎であり、文明開化を伝えるイギリス式の珍しい建物として一般公開しています。
 この建物の裏側には、長浜の鉄道史に関する鉄道文化館があり、D51型蒸気機関車を展示しています」
 入り口の表札をアップでどうぞ。
慶雲館です。盆梅展の開催場です。上の旧駅舎の向かいに位置します。
 盆梅展は、毎年、正月10日位から、春先3月10日まで開催するそうです。ワタクシは梅が好きなので、南部(和歌山)の梅林や、月ヶ瀬(奈良)の梅林、兼六園(金沢)の梅林をよくみにいったものですが、なぜか、この盆梅展とはすれ違いのままです。春までに一度単車で行きたいものです。
  慶雲館です。盆梅展の開催場です。上の旧駅舎の向かいに位置します。
「慶雲館之記」

「本館は、明治二十年二月二十一日明治天皇昭憲皇太后後同列で行幸になった由緒を有し「慶雲館」は伊藤博文公の命名になっている。本館は寄棟造瓦葺二階建書院風の建築(?)で園内には附属茶室を有している。庭園(?)の様式は池泉廻遊式で、築山を造り池泉を穿ち、枯瀧を造り石橋を架している。石組は豪華でその技術もまたすぐれた優秀な庭園であり明治四十五年京都の名匠植治、小川治兵衛氏の作庭になっている。北庭は平庭になり特に巨石を配し、園内に松樹多く景観は豊かである。館は南西方が湖に面し、東方は伊吹七尾の諸山に対し眺矚広闊勝状絶佳の景地である」

と書かれています。?マークのところは光っていて読めず、いつか確認しにまいります。スイマセン。
本年も、みなさま方におきまして、素晴らしい年でありますように。Jan.9,2003

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