「浩の教室」主宰 Tsudoi 

 

 

Tsudoiのご報告


当サイト主宰勉強会のメンバーで、明治村を散策してまいりました。そのご紹介です。下記の施設のほか、園内すべて回りました。11月から3月までの開園時間は、09:30〜16:00、ワタクシたちはほとんど時間いっぱいまでいました。



今回、Tsudoiでお世話になった、犬山国際ユースホステル。素泊まり1泊2900円。ここに下の夕食と洋風の朝食が付いて、全部で5200円。リーズナブルです。こちらのユースには、もうワタクシは4回はお世話になっています。
こんな感じの洋食が用意されます。和食も選択できます。ビールで乾杯、ごはんもたくさんいただきました。
もうお腹いっぱいです。
ここがエントランス。とてもキレイにされています。夜はとっても静かです。和室を2部屋借りました。お風呂も広く、清潔です。大浴場と小浴場あり。
翌朝、明治村へ。駐車料金1日800円。ユース利用割引で、明治村入場料はひとり1500円でした。当日は、しとしと雨の降るあんましいいコンディションとはいえない日でしたが、入園者も比較的少なく、各建築物をじっくり見学することができました。
ここが正門です。第8高等学校〔寮歌が流れますので、音量に注意してからリンクをクリックしてください〕(明治42年)の正門です。行定勲氏(セカチューの監督)もここをバックに記念撮影されています。こちらもどうぞ。
明治村の沿革」説明です。今年3月、40周年を迎えました。


「戦後の日本は荒廃から立直る過程において過去の多くの貴重な建築を無思慮に破壊する事態を迎えた。それは『過去とは背に廻った未来である』ということを忘れた悲しむべき現実であった。その現実に対して、先人達が努力と明識によって営々と築きあげてきた明治建築を、破壊から少しでも救済し、保存してその文化を自ら語らせるために開かれたのが明治村である。

 明治村は建築家谷口吉郎と実業家土川元夫によって発議された。二人は学生時代の僚友であり、企業活動としてではなく、日本の現状を憂うる同志として文化財保護のために青春の友情を温め立ち上がったのである。

 土川元夫が社長であった名古屋鉄道は、現在の明治村の地、大和時代安閑天皇紀の入鹿屯倉の古代史の謎を秘めた自然ゆたかな入鹿湖畔の広大な地を明治村のため提供した。

 明治村が財団法人として発足したのは昭和三十七年であった。工事は多数の人々の指示をうけ進捗した。入鹿湖畔の自然を大切に保存しながら、ようやく博物館明治村が開村されたのは昭和四十年三月十八日である。

 開村当時の明治村は、遙々と北海道から移築された石造りの札幌電話交換局、京都の聖ヨハネ教会堂、東京で森鴎外と夏目漱石の両文豪が奇しくも相前後して住み、数々の名作を残した由緒ある住宅をはじめ、全国各地から破壊寸前に救済移築された建築や、電車などの施設物十五件に過ぎなかった。それが開村三十五年目の西暦二千年十月現在では建築物六十三件となり、その中には国民共有の国の重要文化財に指定された建築物も既に十件に達し、博物館の敷地も開村当時の二倍近くの一00万平方メートルにひろげられている。

 明治村は建築を主体とする野外博物館であるが、個々の建物はまた独立した小博物館としてそれぞれに屋内展示がなされている。また建物自身も入鹿池と尾張富士の風光にとけこみ、こよない散策の場を提供しているので、リクリエーションの場として利用されることも願うものである
  博物館 明治村
村内バス。ワタクシたちは今回利用しませんでしたが、一度は乗ってみたいバスです。
明治村からの言葉」です。

 「あなたを、明治村は心から歓迎します。

ここに立たれたあなたは、すでに明治村の人であり、明治村はあなたの村です。

あなたのおとずれを、明治の人々は明治村とともに、どんなにか待っていたことでしょう。

 明治村は日本の近代化に力を尽くした人々の精神と努力の結晶をあるがままに、 あなたの前に顕示しています。

 明治村に保存される数々の建物や資料から、一つ一つの歴史と心を読みとり、 それを日本の進歩と幸福への目盛りとし、また道標として、 次代に引き継がれるのもあなたです。

あなたと祖先や子孫たちの、 自由で明朗な対話の村であることを、明治村は、つねにねがっています。 すくすくと生い茂る木や草や、さえずる小鳥や風や水のしずかなきらめきを、 今日のあなたの伴侶として、美しい明治村の道を歩いてください」
三重県尋常師範学校と蔵持小学校(明治21年)です。尋常師範学校は三重大学教育学部に。小学校の現在はこちらです。
その説明看板です。雪が降ればこんな感じだそうです
博物図です。これはちょっと拡大しておきましょう。こちらをクリック!
これはなんの時間かな?
尋常小学校の読本 巻二。
こんな教室です。懐かしい雰囲気。
西郷従道邸(明治10年代)に設置された晩餐?のテーブル。従道は、隆盛の弟です。
こちらはお茶の様子。どっしりした落ち着きのある円卓です。こんなのがほしいです。円卓は椅子があれば少々人が増えても団欒に最適ですからね。
東山梨郡役所(明治18年)は、村長室のあるところです。現在の第3代村長は、小沢昭一さんです。
足湯がサービスされている半田東湯(明治末年)。
呉服座(明治元年)と書いて、「くれはざ」と読みます。大阪池田市にありました。池田市から移転してすぐ重要文化財指定になったので、池田市は相当悔しがったそうです。吉本純情笑学校の舞台です。この日は特別に「おわら風の盆」が開催されていました。雨だったので、「街流し」の代わりでしょうか、帝国ホテルでも開催されていました。実際の風の盆については、こちらのページをどうぞ。
この建物が明治村のシンボルといっていい、聖ザビエル天主堂(明治23年)です。当日は結婚式が厳かに行なわれていました。薔薇窓がウツクしい。
ちょっとズームしてみました。
これがその薔薇窓。こんなものもパリにはあります。いま、暴動で大変なパリ、大丈夫でしょうか。フランス語がお出来の方は、こちらをどうぞ。
天主堂の薔薇窓は、外光を受け、このように輝いています。
かの有名な帝国ホテル(大正12年)の全貌。この中に、ドレス=サービスがありました。Tsudoi参加者の3名の女性がチャレンジ!その写真を載せられないのが惜しい!値段が高いか安いかわかりませんが、ドレス使用料金は、着替えてから10分間で500円でした。
昼食は園内「浪漫亭」で。明治の人気メニューのヲムライス(900円)やタンシチューランチ (1600円)、ミートクロケットランチ(1100円)などバラエティー 豊かなメニューを揃える洋食堂です。左の写真はそのヲムライスの大盛りです。150円アップ。カレーは当時の味を再現しているので少し甘めだそうです。
内閣文庫(明治44年)。国会議事堂を設計した人の手によるもの。昔の建築は、どれもこれもガッチリしています。
そのガッチリの代名詞、金庫です。川崎銀行(昭和2年)の一品。展望タワーの役割を果たしているこの川崎銀行から撮ったのが、上や下の写真です。展望台からさらに上へいけそうですが、かなりコワイ。試さないのが身のためですよ。
紅葉がキレイです。秋の時雨の明治村5丁目。
大明寺聖パウロ教会堂(明治12年)内にある洞窟のキリスト(だったと思います)。
こちらがコウモリ天井のもとにおかれた説教台です。コウモリ天井とは、こうしたもの、あるいは、こうしたものです。左のイエス壁画の周辺には、ひらかなで書かれた愛の言葉があります。「ひとびとをあいしたまひたるこヽろをみよ」とあります。右は「さんたまりや」です。
尾西鉄道蒸気機関車1号(明治30年)です。アメリカ製の汽車です。
こちらは、明治3年に立てられた品川の燈台です。燈台については、こちらのページがまとまっています。
「食欲色欲ばかりで生きている人間は、まだ犬猫なみの人間で、それらに満足し、若しくはそれらを超越すれば、是非とも人間は骨董好きになる。……学者も学問の種類によっては、学問が深くなれば是非骨董の世界に頭を突込み手を突込むようになる。イヤでも黴臭いものを捻くらなければ、いつも定まりきった書物の中をウロツイている訳になるから、美術だの、歴史だの、文芸だの、その他いろいろの分科の学者たちも、ありふれた事は一ト通り知り尽くして終った段になると、いつか知らぬ間に研究が骨董的に入って行く」(『骨董』)。こちらに露伴先生についての詳しい説明があります。露伴先生の文学作品のうち、インターネットで読めるものはこちらです。いやしかし、「骨董は一種の不換紙幣のようなものになったので、そしてその不換紙幣の発行者は利休という訳になったようなものである」(『同上』)とは、さすがは露伴先生の言い回し、ちょっとこんなことは書けないね。
よく引越しすることから、自宅を「蝸牛庵(かぎゅうあん)」と呼んだそうです。猫は大迷惑ですな。明治村に移される前は、こちら〔音楽がなりますので、注意してクリックしてください〕にありました。
北里研究所本館・医学館(大正4年)内に展示されている生物顕微鏡(左)と木製箱台付解剖顕微鏡(右)。北里柴三郎博士については、こちらのページが詳しいです。記念室も一度は行きたいところです。こちらの解説を読めば、福沢との親交もわかります。
この絵の人物はパスツールなようです。細菌学者については、こちらのページが詳細にまとめられています。
上の絵の左手に持っているのが、「白鳥の首」と呼ばれている右のフラスコですね。
理科の実験器具類。こちらを参照し、やってみましょう。
鉄道局新橋工場(明治22年)の中にある、明治天皇御料車(明治43年)。こちらのページが参考になります。年代からいって、ほとんど明治天皇は乗っていないようです。今回、特別展示期間中だったので、ガイダンスを受けながら見学することができました。見学前に白い手袋を渡されました。汚したり、指紋が付いたりしてはいかんからでしょう。いわゆる明治のVIPトレインですね。無茶苦茶お金がかけられている汽車です。
でも、時速40km/hらしいですよ。これは、ええっと、天皇が座った椅子かな。もちろん汽車内にあるものです。
これまでも、何回も楽しませてくれた明治村、そしてこれからも。さてさて、明治村100選をリンクし、今回のTsudoiの紹介のお開きといたします。

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